姿の見えない翻弄者

短編

 イタズラをする何かが現れた。

 何言ってんの、って、思いたい。
 私も。
 切実に。

 でもそれは現実で、原因もわからないから回避しようがない。
 もう1ヵ月経っただろうか。
 いまだに有効な対策は得られていない。

 初めはただ触られるだけだった。
 魔法のレポートのため、図書館で調べものをしているときだった。
 机の上に数冊の本を広げ、書き写している最中のこと。

 太ももに何かが触れた。疑問に思う間もなくふくらはぎを誰かにつかまれ、そしてショーツの上から誰かに触られた。

 ――痴漢。

 リースは反射的に蹴り飛ばそうとしたが、両方のふくらはぎをつかむ力を外すことができず、足を動かせない。物理的な力に自信を持っていただけに、それは少なからず衝撃だった。

 指がショーツの上から食い込むくらい強く撫でて来た。
 奥歯を噛み締めながら、誰だ、と机の下を覗き込む。
 リースは呆然とした。
「え……」
 そこには誰の姿もなかった。
 それもそうだ。この机は1人掛けの勉強机で、机の下には足を入れるスペースしかない。誰かが隠れることなど不可能なのだ。
 それなのに、撫でてくる指の感触はまだ消えていない。
 それどころか、爪を立ててショーツの上から擽るような動きに変わった。
「……っの」
 顔を真っ赤にしながら、どこにいるのかと視線を動かすが、本当に、近くには誰もいなかった。
 後ろにも、前にも。
 そもそも人の気配が近くにない。足元はスチールで囲われているため、自分の死角になっているところに誰かが屈んで、前から触っている、ということでもない。

 なに、どういうこと、これは?

 中心を避けた指が太ももに触る。
 リースはふくらはぎをつかむ手を外そうと身を屈め、直接手を伸ばそうとした。その瞬間強い力で上体を引かれた。
「――っ」
 両肩を引かれ、椅子の背もたれにピタリと体をはりつけられる。両肩を押さえつける手の力はそのままだったため、リースはそれ以上身を屈めることができなくなる。
 そして、腰に巻き付く誰かの腕の感覚がある。けれど視線を下げても誰の腕も見当たらない。

 混乱していると、ショーツの上から撫でていた指が布の中に入り込んできた。
 息を飲んで体をのけ反らせる。
 腰をつかむ何者かの腕に触れると、それは確かに腕だった。
 ただ、目には見えない。
 だとすると、私に触れている何かはすべて、誰の目にも見えない指なのだろう。接触確認するしかない。

 入り込んだ指は私の中心を割り開くとなぞりあげた。
 甘い痺れに襲われる。くるくると優しく中心を撫であげられて、思わず声が漏れそうになる。
 止めるため手を伸ばそうとしたが、自分からそこに手を持っていく姿を想像し、躊躇する。
 周囲には何も見えていないのだ。指だけがなぜかそこに存在し、私を弄んでいる。そのことを知らない周囲からしたら、私は公共の場で悶える変態になってしまう。止めようとした手を握り締める。

 この図書館は頻繁に訪れる場所で、顔なじみの人物も何人かいる。
 素早く周囲に目を向けた。
 3階エリアのここは少し専門的な魔導書が収められている場所で、人の出入りは少ない。
 それでも、少し遠くに本棚から何かを探そうとしている青年の姿が見えるし、本棚に戻そうとしている女性の姿も見える。今は誰も近くにいないが、誰が通るとも知れない場所だ。

 くちゃ、と音がした気がした。
 思考を自身に向けるように、指の動きが少しだけ早くなる。
 浅いところをグルリと擦られて腰が揺れた。必死に歯を食いしばり、これ以上、動かないように努めてはみるが、指はおかまいなしに私を高めようとする。
 ――やだ。
 机に肘を立て、額に拳を乗せ、俯く。
 誰にも表情を見られないように努める。
 きっと顔は真っ赤だ。
 図書館という公共の場で、なぜ自分がこんな辱めを受けているのか、意味が分からない。

 腰や足を固定されながら、刺激によって背もたれに体が沈んでいく。
 わずかに足を開かれて泣きそうになる。
 入口を擦っていた指は少し前の方へ。
 ぬめりながら、何度か敏感な箇所を擦って来た。
 太ももに力を入れて必死に耐えていたが、そろそろ我慢の限界だ。

 ――そこは、ダメ。

 指が次に目指すところが何か知って怯える。
 抵抗もできず、正体が何かも分からず、ただ与えられる刺激を享受するしかない状況で、これ以上は耐えられない。
 指が一番敏感な場所に触れた瞬間――唐突に、感覚が消えた。

 私の太ももをつかんでいた手の存在も、敏感なところに触った指の存在も、腰をつかんでいた腕も。
 何もかもが、一瞬で消えた。

 私は目を瞠る。
 震えそうになる腕をしっかりと机に突っ張り、立ち上がる。
 椅子を見ると、そこには見慣れた革張りの椅子があるだけだ。
 机の下を覗いてみたが、当然ながら人の姿はない。

 少し離れて机を見てみたが、何の違和感もない、ただの机だ。

 ――夢、だったのだろうか。
 けれど、そうではないことは自分が一番良く知っている。
 姿の見えない誰かに触られていた秘部は濡れ、気持ち悪かった。

 これ以上、この場所にいたいとは思えなかった。
 借りていた本を戻し、荷物をまとめる。人前に居続けることも嫌で、逃げるように立ち去った。

 それから数日、同じような現象が続いた。
 ただし場所は図書館ではない。
 そして、触れ方も違う。
 時間や場所を問わず、ただ触れているだけだった。

 姿の見えない手に腕をつかまれていたり、肩を抱かれていたり、手を繋がれたり。
 感触があるだけで、目に見えないのは相変わらずだった。
 そしてそれらの時間はごく短いもので、1分と経たずに終わるのだ。

 一度、腕をつかまれた時に、つかんでいる手があるだろう場所に触れてみた。
 私の手は素通りすることなく、そこに確かに、誰かの手を感じた。
 大きな手は直ぐ隣に伸びていたが、辿り続けることはできなかった。
 腕は途中で消えていたのだ。
 ただ、私の腕をつかむ感覚だけは少し長く、続いた。
 体の一部分だけが誰の目にも見えず、ここに現れている、ということなのだろうか、と新たな疑問が湧いてきた。

 誰の目にも映らず、体の一部分だけを転移させる魔法。
 そんなものがあるのだろうか。
 レポートを作る片手間に考えてみたが、そんな魔法は聞いたことがない。
 そもそもそんな魔法があるとして、誰が使っているのか、ということだ。
 いや待てよ、と首を傾げる。
 最初に図書館に現れたとき、私は両方のふくらはぎをつかまれていた。
 左手と右手と、両方だ。
 それなのに、両肩を押さえつけられ、腰には腕が巻き付いていた。
 どう考えても同一人物の仕業とは思えない。それに、私のあそこに触れて来ていた指も同じだ。

 ということは、1人ではなく、相手は複数だった、ということだろうか。

 眉を寄せて唇を噛み締める。
 そんな魔法があったとして、目的は、あの図書館のことから明白だ。
 最低な魔法だと思う。

 リースは昔から魔力量が多く、知らず周囲に影響を与え、悪いものを引き寄せる性質を持っていた。
 けれどそれ相応に強力な加護を授けて貰ったり、結界の中で過ごすよう習慣づけたり、魔力量をコントロールするように自己防衛本能を強めてきたところだ。
 その成果は目覚ましく、成人する頃には魔力による悪影響はゼロになった。
 だからと言って努力を怠るわけもなく、今では魔法の研究員として、あまり他人とは関わらないで済む職業を選択して過ごしてきている。

 今回のことは充分相談できる事象ではあるが、内容が内容だったため、家族にも職場の誰にも相談しようとは思わなかった。自宅で魔法書を調べたり、知り合いの伝手で目録を取り寄せたりしてみたが、あのような魔法は存在していなかった。

 そして――1ヵ月が経とうとしていた。
 提出物の期限が迫っているため、どうしても図書館に行く必要があった。
 椅子には座らない。
 目当ての古書を見つけ、そのまま立ち読みすることにした。
 貸出禁止のもので、読み解くにも専門的な知識が必要なため、机でメモが取れないなら本棚でメモを取るしかない。

 本を持ち、なるべく人気のないエリアを選んで奥に進み、そこの棚から3冊ほど取り出して床に置く。空いたスペースにメモを置き、机代わりにしようという魂胆だ。見つかれば注意されるだろうから素早く読み進めるとともに、あくまで目立たずコッソリ行う必要がある。

 それから2時間ほど没頭しただろうか。
 立ち続けていたから足が痛くなってきた。少し足踏みして疲れを取る。
 そもそもこの場所はメモするような場所ではないため照明も暗く、本も読みにくい。
目の奥がジンと痛みを訴えてくる。

 こんなものだろうか、とメモの束を鞄にしまって、本を閉じる。
 あとは家でもまとめられるだろう。
 提出期限にはきっと間に合う。

 嘆息し、床に置いていた本を持ち上げた。
 表紙を叩いて埃を払う。元の位置に納め、最後に古書をつかんだ途端、異変が生じた。

 耳鳴りがして目眩がした。
 ほんの一瞬の違和感だった。

 思わず目を瞑って目眩に耐える。
 そして、ここ1ヵ月で慣らされた感覚が発現したことに息を飲んだ。

 手首を誰かにつかまれている。
 だが、やはり誰の姿も見えない。
 また、両の足首も誰かにつかまれている。
 こちらも、誰の姿も見えない。

 いつもと違うのは、背後に誰かの気配を感じたこと。
 熱を感じたそれがピトリと私に寄り添い、息遣いまで感じ取れた。
 自由な左腕で抵抗しようとしたが、手首をつかまれ、抵抗を封じられた。

 一体何人がこの事象に参加しているのか。
 また別の手が服の裾から中に侵入してきて、素肌をまさぐり始めた。
「っ」
 これまでただ触れてきた手とは違う。
 一番最初に触れてきた手と目的が同じだ。

 そう気づいて身を捩ったが、服の中に侵入してきたそれは振り払われることもなく。
 そして今までと同じであれば、体のパーツだけがこの場に存在していることになるから、いくらこちらが振り払おうとしても、相手の体ごと巻き込んで振り払うことができないのだ。
「ひゃ……っ」
 天井へと持ち上げられた両腕。
 背中にいる誰かの胸に、体が押し付けられ、抱え込まれた。
 服の下に新たな手が生まれ、左右から胸を揉み込まれた。
 本当に、一体何人の手が存在するのだろうか。

 図書館以外で触れられた時にはここまで強引なことはなかった。
 やっぱり、この場所に来るべきではなかった。
「……っ、ん」
 胸を擦り上げられ、摘ままれる。やさしく擦られて体が跳ねる。
 心なしか、私の後ろにいる誰かの息遣いが荒くなっている気がした。
 両腕を持ち上げられた状態のまま視線を向けるが、誰もいない。
 卑怯者め、と唇を引き結んで罵った。

 硬くなった左胸に舌が触れる気配がした。
「……そっ」
 涙が滲む。身動きが取れず、体の奥底から湧き上がってくる何かから必死に逃げようとするが、逃げられない。
「……っ、んぁ、あ」
 ガクガクと震えてどうしようもない。足が固定されているため、動くことはできない。
 声を抑えるのにも限りがある。
 絶対に、絶対に、こんなところを他人には見せられない。
 だって、私にとっては姿が見えなくてもそこにいると分かっているけど、他の人にとってはただ私が一人で悶えているようにしか見えないはずだ。そんな風に思われたらもう生きていけない。
「ん、ん」
 舌で弄ばれる。反対の胸を指でぐりぐりと押しつぶされたり、優しく擦られたり。
 脇腹をひたすら撫でる手や、お腹を撫でる手、額に触れる手など。
 体が熱く、涙が零れる。

 すると、とうとう恐れていた事態が来た。
 足首を固定している手はそのままに、別の手がふくらはぎや太ももに触れてくる。
湿ったショーツの上からグリグリと擦り、そして中に侵入してきた。
「いやっ」
 思わず短く悲鳴を上げる。
 指はお構いなしに中へ入りこみ、湿っていたそこを開き、入口を往復した。
 揺れる腰を抑え込むため太ももに力を入れる。
 拍子に根本から擦り上げられて息を止める。
 ぎゅっと体を固くさせて、必死に耐えた。否応なく、濡れていると自覚させられた。

 もう嫌だ、提出物なんてどうでもいい、家に帰りたい。

「っ、っ、あ……っ、っ」
 リースの足首を持つ手がじりじりと幅を広げ、両足を広げようとしてきた。
 他の指が触りやすいよう手助けするつもりなのだろうか。
 リースは抵抗などできず、自分の体が開かれていくのを絶望しながら感じるしかない。
 開かれた両足の間を、動きやすくなった指が往復し、軽く入り込んでくる。浅いところをグルリとかき回されて体が跳ねた。
 小刻みに震える指に高められて足がガクガクと震えた。なぞられ、もう、声を抑えることができそうもない。
 そのとき、こちらに誰かが向かってくる気配がした。
 思わず硬直して絶望する。
 見られたら、いったいどうなってしまうのだろうか。

 嫌だ、来ないで。
 泣きそうになりながら願う。

 その瞬間、手たちの存在が一瞬で消えた。
 私は支えを失ってその場に座り込む。呼吸が乱れ、心臓は痛いほど早鐘を打っている。
 呆然とした。
「どうかしましたか?」

 そんな声をかけられても、私は何も答えられない。
 色々と――衝撃で口がきけなくなっていたのかもしれない。
 ただ静かに立ち上がり、その人物の脇を通って図書館を飛び出した。

 ――どこをどう通って帰って来たのか、正直、覚えていない。
 体の火照りはおさまらない。
 いつの間にか自室にいて、ベッドに座り込んでいる自分がいた。

「もう、いや……」

 そんな言葉を声に出した瞬間、色んな感情がないまぜになって、涙があふれてきた。嗚咽が漏れる。必死に涙を拭いながら唇を噛み締めた。
 きっとこれは呪いの類だろうと思う。
 発現の法則性は分からないが、そうとしか思えない。

 呪いならば対処できるかもしれない。けれど、自分自身にかけられたものなのか、自分の周囲にかけられ、一定の条件下で発動するものなのか、その見極めは必要になる。
 見極めるためにはまたあの行為を受け入れる必要がある。

 ベッドの上に投げ捨てられた鞄から、貸出禁止の本が見えた。
 気が動転していて、逃げるときに鞄に入れてしまったのだろう。
 本当は直ぐにでも返しにいかなければいけない。しかしもう二度と、あの図書館には近づきたくない。

 どうすればいいのか考えたくもなくて、少し乱暴に、鞄ごと本をベッドから払いのけた。
 床に落ちる音が聞こえる。
 乱暴な扱い、自分らしくない。そう思ったが、とても平静ではいられないことが起きたのだ。少しくらい暴れても許して欲しい。

 ベッドに横になって目を閉じる。
 とても疲れた。
 これからどうしよう、とか、考えたくもない。

 目を閉じたことで急速に眠りに落ちていく。
 ずいぶんと疲れが溜まっていたのだろう。
 これでもう何も考えなくて良い。

 問題の先送りではあるが、そんな安堵を抱きながら眠りにつく。

 ――そして、それからどれぐらいの時が経ったのか、ふと意識を浮上させて、部屋が暗くなっていることに気付いた。

 窓から見える空には月が懸かっている。
 眠っている間に夜になったのだろう。
 ぼんやりと部屋の中を見渡し、脇卓の小箱がわずかに光っていることに気付いた。

 手の平に乗る小箱はコトダマ箱と言って、二つで一対の魔術具だった。
 この箱と対をなす箱はリビングにある。
 眠っている間、家族が私に伝えたいことがある場合はこのコトダマ箱を使うということが、我が家のルールだった。

 箱を開くと小さく煙が立ち上る。
 その中に浮かんだのは知らない男性の顔だった。

 ――図書館から持ち出された貴重本の返却のお願いに参りました。

 私はハッと目を瞠って振り返る。
 確か、乱暴にベッドから落とし、そのまま眠ってしまったはずだ。

 ――外に持ち出された場合、追跡の司書が派遣されます。
   私は取り戻すまで図書館には戻れない。
   お目覚めになったらで結構です。私と共に、図書館へ来ていただきたい。

 箱から伝えられる言葉を聞きながらベッドの脇に落ちていた本を見つけた。
 拾い上げて埃を払う。
 唇を噛み締めてため息をついた。

 ――客室を用意させておくから、目覚めたら共に図書館へ行ってあげなさい。

 父の声に立ち尽くす。
 図書館に、やはり行かなければいけないのだろうか。
 本を返すだけではダメだろうか。

 それはともかく、司書に迷惑をかけるのは本意ではない。
 この本を取り戻すまで図書館に戻れないなんて、本当に大変なお仕事だ。

 私は一度着替え、人前に出る仕度を整えてから廊下に出た。
 本を抱えてリビングに急ぐ。屋敷の者はほとんど寝静まっているようで、誰の気配も感じなかった。

 鏡の下に置かれていた小箱の1つを手にして蓋を開けた。
 ――ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません。
   私はリビングにおります。
   この伝言をお聞きになりましたら来てください。
   時間はいつでも構いません。

 小さく魔力を吹き込みながら伝言を封じ込める。
 私の魔力を安定させるため、小さい頃からの習慣で、今でもこうして魔術具を使っている。

 吹き込み終わった私は再び嘆息した。
 いくら待つとは言っても、今すぐに伝言を聞いているとは思い難い。
 また、普通ならば寝ている時間なので、出発は明日の朝になるだろう。
 それでも、部屋にいるのも落ち着かなくて、このままリビングで夜を明かそうと思う。
 茶器の準備をしてお湯を沸かす。

 ただ待つだけの時間は貴重だ。
 眠ったことで頭がすっきりしていて、やはりあの現象を何とかしなければ、と苦々しく思った。
 とても人に相談できる内容ではないが、あまり詳しく説明せず、妙な事象が起きるから調査班を組んで欲しいと進言するしかないのではないかと思う。

 お湯が沸き、好きなお茶を注ぐ。
 立ち昇る薫にたちまち癒されていく。
 喉を潤し、ほう、とため息をついた。
 温かな飲み物はそれだけで心をいやす。

「……クラウス・リース殿」

 暗がりから掛けられた声に、私は飛び上がるほど驚いた。
 慌てて振り返ると、先ほどコトダマ箱で見た男性が立っていた。
 そのことにまた驚いた。

「もしかして起こしてしまいましたか。重ね重ねのご無礼、大変申し訳ございませんでした」
「いえ。そもそも眠ってはおりませんでした。図書館へ戻れない私にこのような丁重なおもてなしをして頂き、感謝しております」

 私は複雑な気持ちになった。
 持ち出した私が一番悪いはずなのに。
 眠っていないとの言葉に、ますます罪悪感が募る。

「あの……」
 少しだけ後ろめたい気持ちを抱えながら切り出す。
「言い訳をするつもりではないのですが、持ち出すつもりなどありませんでした。誠に申し訳ありませんでした」
「ああ……」
 私は机に置いていた本を持ち上げて、青年に向ける。
 彼は赤い指輪のはまった手を本に掲げた。少しだけ赤い光が本全体を包み、しみ込むように消えていく。
「確かにこの本で照合が取れました」
 私の手から本を受け取り、軽く頷いた。私はひとまず安堵する。

「その……私も一緒に図書館へとのお話がありましたが、今ここでお返ししますので、図書館への同行は免除にならないでしょうか」
「いえ、それはダメです」
 意外にもキッパリと拒否された。物腰の柔らかい青年だが、有無を言わせぬ断言だ。

「持ち出した理由に正当性がなければ貴方は罪人として登録されてしまう。登録を解除できるのは国王か特命を受けた私だけ。そして、貴方にも図書館での手続きをして貰わなければいけないことがあります」

 私は唇を引き結んだ。
 持ち出した罰を受けることになるだろうと思っていたが、いきなり罪人登録されるとは思っていなかった。しかしそれも、図書館に行けば解除できるというならば、どうしても行かなければいけないのだろう。

「正当性――」
「あのとき、貴方は明らかに焦燥していた。何か理由がおありだったのでしょう。明日でもいいですが、なるべく事を荒立てたくはありません。人のいない今の時間帯の方が、都合が良いと思います」

 私は青年を見上げた。
 淡々と、でも少し心配そうにこちらを窺い、意思を尊重してくれている。
 恐らくこの青年は、図書館で私に声をかけてくれた、あの青年だったのだろう。
 そう思うと耳まで真っ赤になった。どこまで見られていたのか、もしくは見ていなかったのか。
 それでも、座り込んだ私のことは確実に見られていた。
 明らかに様子がおかしい女に、こんな配慮がされるなんて、人が良すぎる。

「分かりました……」
 私は諦めて頷いた。
 できるなら正直な理由を話したくはない。
 それでも、どうしても必要性があったなら、この時間帯の方が絶対にいい。
「徒歩になりますがよろしいでしょうか」
 問われて頷く。馬車を用意するには時間がかかるし、街の人を起こすことにもなる。
 図書館までは遠いのだが、屋敷の近くに転移ポータルがあるため、歩く距離は短い。
「私がお守りします」
 静かに手を取られて軽く持ち上げられる。
 手の甲に口付けることもなく、言葉に責任を持つという忠誠の姿勢を見せる。
「特命中は争いごとに巻き込まれることもありますから、それなりの心得はありますよ」
 頭の中を見透かされるような言葉に思わず笑う。青年も笑みを見せてくれた。
「では向かいましょう。ご両親にはまた後ほどご挨拶に参ります」

 転移ポータルには誰もいなかったが、青年が身分証をかざすだけで魔力が満ちて起動した。
 行き先の指定も慣れたもののようだ。
 図書館の司書が意外に精通していて驚いた。

 彼の名前はディオール。
 少しだけ不満そうな口ぶりなのは、まるで女性のような名前だから、ということらしい。
 図書館までの道程を沈んだ気持ちで向かう想定だったが、彼は会話を弾ませるのが上手で、まるで苦にならない。持ち出された本の話題を出さないのは情報漏洩を危惧しているからだろう。人気がないとはいえ、誰が聞いているか分からないのだから。

 図書館に入り、誰もいない廊下を歩く。
 もともと本が収められていたエリアに足を踏み入れた瞬間、魔法が発動した。

「クラウス殿?」
 突然足を止めた私を不思議に思ったのかディオールが振り返る。

 私は全身を硬直させて、その場に立っていた。
 目を見開いてディオールを見る。先ほどまで少し楽しかった気分が一瞬で消えた。
 腕に、足に、肩に、首に。
 尋常ではない数の手が触れているのが分かる。
 それらが私の全身の動きを拘束している。そして、服の下で、うごめいている。
「あ……」
 あまりの恐ろしさに声が震える。助けてと叫びたい。それなのに声も出せない。
「んっ」
 私に触れている手の一部が太ももや胸などに刺激を加え始める。
 ディオールが目の前にいるのに。
 たちまち息を荒くして翻弄される。
「み、見ないで……」
 涙が浮かぶ。私に触れている手は見えないだけで質量はそこにあるから、私の服が不自然にめくれあがったり脈打つように動くさまが見えているはずだ。
 体の中心に入り込んできた指が浅く責め立てる。あっという間に追い上げられて、身動きができないまま体を震わせる。声にならない声を喉の奥に詰め込んで、あと少しで開放される――そんな心地にさえなり。けれど刺激は唐突に消えた。
 私を拘束する手たちはそのままに、追い上げてきていた指だけが感覚を失った。
「え……」

 荒い呼吸を繰り返しながら呆然と目を開く。
 あともう少しだったのに、と考えてしまう自分が浅ましくて罪悪感に襲われる。
 ディオールが目の前にいて、恐ろしいほど真剣な眼差しで見下ろしてきていた。

「――事情は、分かりました」
 低い声に私の体が冷たくなる。
 軽蔑されたのか。
 不可抗力ではあるが、あのような痴態を見せられ、さぞや不愉快だっただろう。

 ディオールの声は先ほどまで交わしていた温かなものとはかけ離れていた。
「失礼」
 短く断り、動けない私を持ち上げる。
 そのまま図書館の奥へ進んだ。
 いつもは司書たちが働くカウンターは、今は誰もいない。進入禁止の枠を乗り越え、その奥にある部屋に入る。壁には小さな魔法陣が描かれていた。

 壁の前に下ろされ、動かない右手を魔法陣に当てられる。
 聞いたことのない魔法の言葉でディオールが詠唱した。
 その瞬間、体に満ちていた熱や魔力が勢いよく魔法陣に向かって流れ込むのが分かった。
「ひゃ――」
 身のうちで動く熱は体が浮かぶような感覚をもたらし、つかまれた手を引こうとしたが、ディオールが私の右手の上から自分の右手を乗せ、魔法陣に当てているため逃げられない。ほんの少し、彼の魔力も一緒に流れ込んでいるようだ。
 背中から包み込まれるように、ディオールの腕の中にいる。
 それはとても不思議な心地だった。全身を委ねて揺蕩いたい。

 全身を拘束する手たちの存在も、魔力や熱が魔法陣に吸い込まれていくごとに、感覚が消えていくようだ。徐々にではあるが、私は体の主導権を取り戻していく。

 やがて奔流は静かな流れに変わり、ディオールの嘆息と共にその時間は終わった。
 わずかな目眩に襲われて揺らめく。
「お疲れ様」
 後ろから壁の魔法陣に両腕をかざしてくれていたディオールの声が耳元で聞こえた。
 ぞわりと背筋が痺れる。
「これで本の所有者登録を解除できた」

 私は目を瞬かせた。
「この魔法陣には本が持ち出された瞬間、そのときの所有者が登録されます。私たちが容易に追えるようにと」
 本を持ち出したことによる罪人登録のくだりを思い出して納得した。
 今の魔法陣が何かしらの装置だったのだろう。
 登録が解除されたのは嬉しいが、身の潔白はどのようにして証明されたのだろうか。
 てっきり、誰かに事情を説明しなければいけないと思っていた。

 壁に押し当てられていた右手をそのまま握り込まれてディオールが優しく持ち上げた。
 彼の頬に当たる。
「え?」
 背後に視線を向けると、私の右手に頬ずりする姿が見えた。
 瞳を細めて、少し嬉しそうに笑みを浮かべて。

 え、ちょっと待って、恥ずかしい。
 顔が一瞬で赤くなったのが分かった。

「貴方は色んな魔力をため込む体質なんですね」

 一向に手を外される気配もなく、それどころか後ろから腰を抱かれて密着度が上がる。
 彼の言葉よりも距離が近いことの方が問題だ。
 先ほどまで普通だと思っていたのに、なぜいきなりこんなに距離が近くなったのか。
「ため込む……?」
 動揺しながら彼の言葉を復唱する。
「この図書館には様々な古書も収められています。この禁書も同じ。まぁ今となっては女性にとって許しがたいような呪いのような魔力を帯びたものなんですが、昔はこれも立派な聖本でして」
 彼が指した先の机に、返しにきた本が置いてある。
「王族の子孫繁栄のために使われていたものなんですよ」
 脳裏に疑問符が浮かんだが、これまで経験した内容を思い出し、頬を引きつらせた。
 あのように身動きが取れなくなり、強制的に性感を高められる――ということだろうか。
 そのような本、閲覧すら危ないのではないのか。
 触る者すべてに発現したらどうするつもりなのか。

 声にならないそんな疑問を正確に読み取ったのか、ディオールが嘆息した。
「1ヵ月くらい前からわずかに魔法の気配を感じていて、おかしいと思っていたんです。先ほどの魔法陣で判明しましたけど、恐らく貴方が禁書に触れたことで魔力が混合し、ほとんど失われていた禁書の魔力が復活したんだと思われます。あの禁書だけではなく、他にも様々な本が連鎖的に反応を起こしていて――図書館の上級魔法司書たちは恐らく徹夜で対処しなければならないでしょうね」
 私は頬を引き攣らせた。
「そ、それは、私のせいなんでしょうか……」
「おや、自覚がないとでも?」
 見なくても分かる。恐らくディオールは笑っている。
 私は冷汗が止まらない。
「あなたの屋敷には様々な魔術具がありましたね。父君にもお話をお伺いしました。あなたの魔力は他人の魔力を増幅したり、本来交わらないはずの魔力を結合させたり、どのように作用するのか、昔から分からないことがあったと」
 私は軽く目を伏せる。
 彼の言う通りだ。自分のこの体質は非常に厄介で、思わぬトラブルを招いてしまうため、貴族の社交場にも出られず、人との接触も最小限に留めてきた。両親が随分苦労してきたことは知っている。だからこの体質を父が初対面である彼に説明していたことに衝撃を受けたが、そうしなければ納得してもらえなかったのだろう。
「禁書に働きかけることはご法度です」
「はい……」
 盗難の疑いは晴れたが別の罪が浮上した。
 身に覚えがあることなので、たとえ不可抗力だとしても許されるとは思えない。
 また両親に迷惑をかけてしまうと思えば心が痛んだ。
「ですが私の妻であれば禁書に触れる機会もあるでしょうし魔力の混合は自己解決さえできれば不問にできますから、ご安心ください。貴方が捕らえられることはありません」

 はい、と粛々と聞いていた私は「うん?」と首を傾げた。
 途中で良く分からない単語が出てきた気がする。

「クラウス・リース殿。あなたは自分を卑下しているようですが、私にとってはとても魅力的ですよ。どうか私の妻になっていただきたい」

 私は口をあけてディオールを見た。
 彼はやさしい笑顔で見下ろしてくる。
 なぜそうなった、とまだ思考が追いつかないまま彼を見つめる。

 聞き間違いだろうか。それとも別の意味だろうか。
 妻。ツマ。妻。別の意味など思いつかないけど。

 ディオールが私の体を後ろから包み込むように抱き込んでいる、その力が少し強まった気がする。
「先ほどの禁書の魔力。今はあらかた、登録解除にかこつけて魔法陣に流し込んだんですが、あれは一時的なものです。貴方の魔力が溜まってくれば、勝手にまた同じ現象に襲われます。何しろ王族の禁書ですからね。一度力が復活してしまえば、その作用を消すなんて、簡単にはできませんから」
「そ、れは……どういう……」
「ですからね」

 ディオールの指がいきなり私の秘部を、スカートの上から触った。
「あっ?」
 くにくにと動かされ、彼の腕をつかんだが、一向に止めてくれない。
「や、やめて……っ」
「1ヵ月ほど前に、随分不思議な魔力の残り香があるなと思って、捜し始めたのが最初でしょうかね」
「ね、待ってっ」
「貴方に辿り着いたのは直ぐでした。特徴的な魔力でしたし、妙な気配がありましたから」
 私の訴えをまるで聞こえていないかのように無視してディオールは指を動かし続ける。
 柔らかく潤んだそこは次第にもっと濡れて、指を深く飲み込むようになっていく。
「禁書の魔力に染まっていたので、それを伝って、短い時間でしたが貴方に触ることもできた」
「んんっ」
 ディオールの腕にすがりつきながら体を震わせる。
 足から力が抜け、ディオールの体を滑るように床に座り込む。
 それに合わせてディオールもゆっくりと座り、私は彼に背中からもたれかかるような恰好になった。
「禁書の魔力は本が近くにいないと発揮されないんですが、まぁ、私の魔力と組み合わせれば、貴方を捉えることは意外と簡単にいきました」
「な、なんで……ああ……」
 震える腕でディオールの腕をつかむ。先ほどから続く刺激はますます感覚を鋭敏にしていく。
 指が敏感なところを掠めるようになる。
「貴方が眠っている間、伯爵に結婚の許可を取りつけました。古書の魔力に憑りつかれたことも説明済ですし、他人の魔力操作に慣れている私が適任ですと売り込みましたから」
 ディオールと話をするため必死に耐えようとするが、彼の声は途切れない。父の許可があるなら私に婚姻を取り消す権利はない。この場で純潔を散らされようと不名誉にはならない。
「禁書が定期的に力を発揮するのは本当ですよ。あの手の呪いは発現するたびに力を強めていくから、この次にそうなったとき、貴方にはどうすることもできないでしょう。だから私の妻になってください。私なら禁書の力を封じつつ、貴方を満たすこともできますから」
「ふぁ、あ、ああっ」
 服の上から指がぐっと深く押し込まれる。
 再び離れていき、そしてまた浅いところを擽るように触る。
「どうしますか?」
 少しだけ笑いながらディオールが覗き込んでくる。
 後ろから前に回り込む彼の腕をつかみながら涙目で見つめる。
「わ、私の意志なんて、父が承諾したのなら」
「違いますよ。対外的には必要だと考えたので伯爵にお話ししましたが、私は貴方の意志を一番に尊重したい。貴方にとっては突然のお話かもしれませんけど、私にとっては一か月前に一目惚れというか魔力惚れしてますし、それよりもっと前からあなたのことは知っていました」
 彼の手がスカートをめくり、直接触れてくる。
 なんだろう、言ってることはとても素敵で蕩かせるような内容だと思うのだが、その間だけでも行為を止めることはできないものか。
 少しだけ残念になる。
「さっき、貴方が寸前で焦らされた時――今もですけど」
 体を少し引き上げられ、耳元で囁かれる。
「とても、魅力的でした。我慢できないほど」
「あ……」
 今までとは別の意味で心臓が跳ねた。
「このまま禁書にくれてやるつもりはありませんから」
 指がぬるりと撫でまわす。
 もう限界が近い。得体の知れない見えない手に好き勝手されるよりは、助けてくれて、こちらを理解してくれるディオールに身を預けた方が楽なのだろう。信じられないことに、気持ちを向けてくれていると言うし、これから先、悩まされてきた特異体質ごと受け入れてくれるのなら、これ以上ない嫁ぎ先だと思う。
 結婚適齢期は過ぎているが、私の特異体質のため相手候補を決められずにいる、と父が悩んでいたことを知っている。
「ふ、ぅ、ん、ん」
 じりじりと下がろうとするが、ディオールに再び抱え直された。
 指が中に入り込んでくる。
 膝枕されるような体勢で肩ごと抱きしめられ、指が激しく出入りするようになった。
 目の奥がチカチカした。
 浅いところをなぞられ、もっと奥へと指が伸びる。
 信じられないことに、私が泣けば泣くほど、震えれば震えるほど、彼を喜ばせることになるらしい。
「あ、あ、あ」
 追い詰められてビクビクと体が跳ねる。
 目を開けるとディオールの優しい眼差しが目の前にあって、それだけで胸がつかまれたようにギュッとなった。
「それとも」
 ディオールの声に再び視線を上げる。
 ほんの少し見つめ合ったが、その間に、彼の姿が、向こう側の壁が透けてみえるぐらいに薄くなり、そして消えた。けれど、私を抱いている腕はそのままだ。まるで今までリースが苦しめられてきた、あの感覚だけをもたらす呪いのように。
「こちらの方が良いですか?」
 耳元でディオールの声がした。肩を竦めて視線を動かすが、誰の姿もない。
 腰を抱えられ、膝の上に座らせられ、私が倒れないようにしっかり背中を抱えられ。
 戸惑っている間に衣服を脱がされた。
 ボロンと晒された胸に誰かの舌が触れる。もちろんディオールしかいない。
「あ、っ」
 目の前にいるだろう彼の両肩に手を置いてつっぱねようとするが、全く離れる気配がない。
 胸を口に含まれて転がされる。
「やだ、いやっ、ディオールッ」
 そう叫んだ瞬間、ぐっと体が密着する。胸の頂きを舌で弄ばれながら、再び下肢に指が触れる。
「ああ――」
 耳に吹き込まれる、満足そうなディオールの吐息。
 下肢に触れた指に高められながら、お腹に、足に、頬に、あり得ないほどの手の存在を感じた。
 あの本の呪いが発現したのではと思ったときに、一番敏感な部分に唇が触れ、舌で転がされた。
「やあっ!」
 胸に触れる指や舌はそのまま、花芯を舌先で舐めまわされて腰が浮く。揺れているのが分かって恥ずかしいのだが、自分の意志でどうにかできるものではない。
「あの本の素晴らしいところは、魔力が合えば、こうしていくつもの自分を複製できるところだ。安心して、リース。今あなたに触れているのは、私だけだから」
「あ――」
 ぬるぬると、至る所に触られ、擽られ、追い上げられて。
 そしてディオールは禁書のようにそこで消えることなく、何度もリースを限界まで啼かせた。
「もうだめ、ディオール、やだっ」
「では、私の妻に?」
「なるっ、なるからっ」
 これ以上はもう無理だと、必死で訴える。
 私を抱くディオールがうっすらと姿を現した。
 汗を浮かばせ、嬉しそうな笑みのディオールに抱き締められる。
「ああ――リ―ス」
「え……あ……」
 とっさに縋りついたものの、いくども高みに押し上げられた感覚が、また入口で感じた。
 増やされた指が、今日だけで開発された敏感な部分を丁寧に擦る。
「ああっ、ディ、オ、なんっ」
「貴方をむさぼる楽しみは、本当の初夜までおあずけですから――」
「や、やあああ、もうっ、無理ぃっ」
「何度でも、イッてください、リース」
「あ、あああ」
 ディオールに見られているという羞恥の中だが、そんなことを些細なことに感じるほど。私は全身を何度も震わせ、ディオールに絡ませた足の力をギュッと強くさせ、嬌声を上げて、果てた。
「ああ――本当に、可愛らしい……」
 ぐったりと、もう本当に全身がだるくて力が入らず、気絶するように意識を落とす。それでも、ディオールに揺さぶられ、抱きしめられるのを感じる。これからの未来に慄きながら、意識と同じく思考も闇に沈ませた。

 目覚めたときリースはディオールの邸宅に移っていて、屋敷の面々にまともな挨拶をする暇すら許されず、ディオールに隠された。
 結婚までの間は起きてる限り何度もリースばかり果てに追いやられ、結婚してからは散々に抱き潰されてやっぱり動けない日々が続いた。
 我慢していた、という言葉は本当だったらしい。
 そしてディオールは底なしの体力と執着を披露する。そのように求められたことがないリースは目を白黒させるばかりだ。
 司書など文官で、いつも図書館の裏方仕事で大人しいイメージを抱いていたが、ディオールは活発なようだ。そういえば護身術に長けているとも言っていた。
 優しい優しいディオール。禁書の研究も進み、盗難追跡で家を空けるときにも見えないディオールによって溺愛の日々は続く。文字通り、片時も離れない彼に愛されながらリースの懐妊届はほどなくもたらされることになるのだった。

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