別れの切り出し方

短編

 誠也とは10年以上の付き合いになる。
 大学の同じ授業を取ることが多くて顔見知りとなり、食堂で相席になったり、課題の進捗具合を相談したり、ノートの貸し借りをしているうちに、気付けば軽口を言い合える仲になっていた。

 付き合い始めたのは大学3年生だったが、今ではお互いに社会人だ。
 お互いに忙しくなって、デートなんて何年もしていない。
 友人には結婚まで秒読みだと言われていたが、そんな奇跡はあり得ないと思ってる。

 たまに会えても熱を感じない、冷めた態度ばかり。
 こちらの話を聞いているのかいないのか、会話はおざなりな返事で流され、ただ体を重ねる。
 それでも、行為の最中ですらも熱を感じない。
 単なる惰性だと思う。執着もしない。心が重なることはもうないのだと思ってる。

 行為が終わったあとはいつもの寒々しい空気が満ちるだけ。
 私に背中を向け、規則正しく上下する肩を見て、時々ひどく空しくなる。
 その背中に額をつけてみたくなるけど、そんなことできない。甘えるようなキャラじゃないし、もしかしたらそれをキッカケに別れることになるかもしれない。

 ――別れることになる?

 その言葉をいま私は「ダメ」なニュアンスで考えたけれど、そうか、私はまだ別れたくないのか。
 でも、昔ほど「好きだ」という気持ちをハッキリと持てなくなってしまった。
 多分それは誠也も同じなんだと思う。

 ――好き、という気持ちはそんな強いものじゃない。
 憧れというか、相性というか、ただ流されるまま、ここまで来ている。
 でも、それでも、なんだか違うのだ。
 他の人から聞く恋愛話と、自分がしている恋愛と。
 こんなものなのかと、いつも冷めてしまう。
 いまさら熱くなんてなれないし、誠也もそうだと思う。

 ただただ緩やかに、終わりの時を先延ばしにしている気がする。
 恐らく、誠也に好きな人ができたら直ぐに終わってしまうのだろう。
 今はまだ、彼の周りにそんな人が現れていないだけで。きっと直ぐに現れる。
 それが少しさびしい。

 ある日いつものように体を重ねた。
 私は敷布にくるまって、体を起こしているところだった。
 誠也は下履きだけをはいた姿でベランダから戻って来る。

 何をしに外に行ったのだろう。
 タバコではない。
 私が喘息持ちなことを知っているから、誠也は吸わない。たぶん、私がいないところでも吸わない。そんな匂いをさせてきたことが一度もないから。一度、勧めてみたことがあったが、心底嫌そうな目で「興味ない」と手を振られた。

 部屋の中をゆっくり横断していく彼の姿を何とはなしに視線で追いかけていた。
 まだ気だるさが残っている。
 匂いや空気も、何となく淀んでいる気がする。
 シャワーを浴びたいけど、まだ体が重たい。

 体育座りで膝に額をつけた。腕で頭を抱える。
 自分の吐息ですぐに顔が熱くなり、体も温まる。
 眠気に誘われてしまう。

 直ぐ近くに人の気配がして、ゆっくり顔を上げた。
 目の前に誠也が戻ってきていた。

 少し暗い部屋の中で、誠也が私に何かを突き出した。
 受け取れということだろうか。
 気だるいまま左手を伸ばした。
 飲み物だったらありがたいけど、大きさから違うと分かる。

「結婚指輪」
 私は視線を上げた。
 誠也がいつもの不機嫌顔でこちらを見ている。

 受け取った小さな箱を見る。なんだか頭が働かない。
 少しの沈黙が下りて、また誠也が動く。
 私が受け取ったままの箱を取り上げて開く。その中には確かに指輪が入っている。
 そのまま誠也が私の薬指にはめた。サイズは少し大きいようだが余裕ではまった。

 シンプルな銀色の指輪。
 ほんの小さな、小さな、水晶みたいな欠片がキラキラとくっついている。
 私はまだ物事を考えられないでいる。

 誠也がベッドに上がって来て私の左隣に座る。
 壁に背中をつけた。

 いつもだったらそのまま眠るんだけど、まだだ。だってシャワーを浴びた様子もないし、私もまだシャワーを浴びていない。眠いけど。こんな状況で私の隣に、しかも肩が触れ合うぐらい近くに座るなんて、今までなかったことだ。
 なんだろうか、この状況は。

 誠也は私の目に入るように、自分の左手を私の視線の高さまで持ち上げた。
 武骨な指には同じ指輪がはまっている。

「お揃い」
 淡々とした声。
 なんの感情も読み取れない。
 ついでに言うと、私も何を返していいのか分からない。

 ありがとう、うれしい、まだ早いんじゃない、そんなつもりなかった。
 え、何だろうこれは。この状況は。

 誠也の手がベッドの上に下ろされた。
 それから長いため息。たぶん、ため息。
 私がそちらに顔を向けると、誠也も私を見ていた。
 ちょっとだけ鼓動が早まる。彼の顔を久々に見た気がする。
「おやすみ」
 そんなことを言われた。
 言い訳というか――多分、誠也がいま言いたいことはそうじゃない。
 だってシャワー浴びてないし。そして私もこのままじゃ眠れない。
「結婚するの?」
 少しだけ考えて、そう聞いてみた。
 誠也の目がわずかに大きくなる。その目を見ながら言葉を続ける。
「なんで?」

 どう受け止められたのか分からないが、誠也は真剣な表情のままだ。
 ああ、知りたい。
 なんで今の状態で結婚指輪を贈ったのか。結婚しようと思っていたのか。私たちの先に愛情のある未来はないと思っていた。単なる惰性だと。他に好きな人もいないから、年齢も年齢だし、もういいかと。それならそれで、別にいい。最近は別れることも考えていたけど、誠也がそうしないなら、別にいい。ただ、本当にこのまま惰性で付き合い続けていくと思っていたから、誠也がいま、結婚指輪を買って来た理由というか、切っ掛けが分からない。
 なんの切っ掛けで結婚しようと思ったのか。
 私は左手を握り締めた。

 誠也が静かに問いかけて来た。
「結婚、したくないの?」
「それは私の質問の回答じゃない。なんで、結婚しようと思ったの?」
 誠也は鼻白んだように引いて押し黙る。
 ああ、不機嫌になった。面倒くさい奴だと思ったのかも。はぐらかしたい答えを追及するなど、付き合い始めの頃みたいだ。最近では蒸し返すこともしていなかった。不機嫌になった誠也の隣にいるのは嫌だし、黙り込んだらそれで終わり。あとは時間が解決してくれていた。
 お互いに仕事があって、次に会うのはまた1週間以上先になる。
 理由を明白にしないまま結婚することはできる。
 一瞬、そうしようかと思った。だって、不機嫌な誠也の隣にいるのは面倒くさい。
「結婚したいと思ったから」
 私が顔を伏せていると、そんな回答が来た。
 それが意外だった。
 私は誠也の隣で同じように壁にもたれた。足を伸ばし、掛布団を胸まで引き上げる。

「別れると思ってた」
「なんで?」
 誠也は食い気味に問いかけてくる。
 今度は私の番。思えばここ数年、こんな風に会話する機会がなかった。
 お互い、意識的に避けて来た気がする。

 ああ、やっぱり言わなきゃよかった。
 別れると思っていた理由なんて、私の気持ちとか考えとか、正確に伝わるように言葉を選ぶのはとても大変だから。あんまり要領を得ない言葉が長く続くと誠也は不機嫌になって、面倒くさそうな顔をする。それを見るのは嫌だし、そんな男の傍にいるのも嫌になる。気を遣いたくないし。

 どうしようかと思いながら口を閉ざしていると左手を取られた。
 ぎゅっと握り込まれる。
 熱い。

「なんで別れると思ってた?」
 顔を上げるとまたあの顔だ。
 淡々と。
 手は熱いのに、眼差しとか態度とか、そういう感情的な面が冷たい。
 でも少しだけ驚いた。このまま有耶無耶にしておけば不機嫌にならないで済むと思うのに、珍しく追及してくるんだ、と。

 私は「んー」と小さく唸りながら首を傾げて視線を外す。
 どういえばいいかな、これ。
「昔ほど私のことを好きなわけではないでしょう? 別れる切っ掛けがないから続いているだけで、何かの切っ掛けがあれば、別れ話は早いんじゃないかなと思ってた」
 誠也からの反応はなかった。
 ただ、握り締められてた手の強さは変わらないから、寝てるわけじゃないと思う。
 考えてるんだろうか。いや、考えるって何をだろう。そんな熱量もないんだから、考える必要もないじゃないか。
「好きとか、嫌いとか」
 呟くように誠也が零す。顔を上げると不機嫌そうだ。
「そんな明確な言葉に直さないとダメなのか?」
「ダメじゃないけど……」
 握られた手を引かれる。私は少しだけ誠也の方に引き寄せられた。
「このままでいいのかなっていうのは思ってた」
「どういうことだ?」
「だから……何の切っ掛けもないから続いているだけだったら、私から別れようかとか、そういう風に、切り出した方がいいのかなとか思って。そういう切っ掛けがないと、何も変わらないと思って」
「別れるって、何」
 不機嫌だけじゃなくて怒りが混じった気がする。握られた手の力が強くなった。

 こうなったらもう収まりつかないよね。曖昧にしたまま終わらせる、次に会う機会まで持ち越し、なんて無理。もう最後まで話するしかないのか。お互いに納得するまで。
 でもそうしたら私たちの関係は、多分終わる。
 好きか好きじゃないか、なんて、私もそんな単純な言葉じゃなくて、何て言ったらいいのか分からないんだけど、このまま体だけの関係を続けていても何にもならないというか。しかもその関係も、別にものすごく相性がいいとか、そんな感じでもなく、ただ惰性で、会って何もすることないからそっちに流れているというか。
 あ、これ最低か。
 でもそんな感じで、ずっと思ってきてたから。いいよ、最低でも。
 とうとう別れるのか。

「おい」
 そんなに長く黙っていただろうか。
 私が別のところに意識を飛ばしているのが分かったようで、苛立ったような声がする。
 ああ、珍しい。私に対してそんな声を向けられたのは数年ぶりだ。
「だから……そんなに大して好きでもないのに惰性でセックスしてるなんて不毛なだけだなと」
「あのさ」
 あ、すっごい低い声。これはかなり怒ってるかも。
 首を傾げて口を噤む。
 これは、黙った方がいいかもしれない。

「何でそんな考えになったわけ。大して好きでもないのにって、俺の態度とか行動とか、そういう、お前が俺に『あ、こいつ自分のこと好きじゃないな』って思う何かがあったんだと思うんだけど、それは何。どういうこと。少なくとも俺は昔より確かにお前に対しては穏やかになったと思うけど、感情が目減りしたとか、そういうことじゃない。何。何なの。教えて」
 がっちりと左手を握られてるから逃げられない。
 いやまぁ、この場面で逃げるとか何だよ私、とか思うけど。
 ん、でもちょっと待って。最初は、次の女性に「そう思わせないためのアドバイス」を求めてるのかと疑ってしまったけど、そうじゃない雰囲気。
 ――あれ? 私はもしかしてずっと読み間違えていた?

 握られた手が熱い。手に、額に、汗が吹き出てくる。
「俺の、どういう態度がお前にそう思わせたの」
「えっと……」
 やばい、体が熱い。なんだこれ、恥ずかしい。
 それでも、多分何か答えを出さないと、誠也は納得しない。もう怒られるのはいいから、この話題を早く切り上げたい。どうしよう。
「態度とか、難しいよ。何て言えばいいのか……」
「なら言葉にできるまで考えろ」

 私はうなり声を上げた。
 ――そう来たか。本気か、こいつ。

 ひとまず覚悟を決めた。
 今まで思ってきたことを言葉に変えて、伝えてみることにした。

「例えば」
 咳払いして少し区切り、もう一度仕切り直す。
「例えば、電話とか」
 そんな簡単な説明だけでは納得せず、続きを沈黙で促された。
「前は、会えないときは毎日電話してきてたけど、今じゃあそんなのもない、とか」
「ふぅん。他には」
 私はグッと言葉を詰まらせた。
 軽く流されたのが分かった。でも仕方ない。誠也は今の言葉が単なる言い訳だと気付いてる。
 だって、毎日電話なんてされたら私は誠也のことを嫌いになる。
 毎日元気なわけじゃない。ストレスが溜まってイライラしてるときもある。疲れてるときに、用事もないのに電話対応なんてしてられない。もしそんなときに誠也が能天気な会話してきたら、私は直ぐに切断するだろう。
 LINEで充分だ、という私の性分を知っている誠也は、ただの言い訳を見破って「ふぅん」と流したのだろう。
「休みの日に待ち合わせもないし。会ったら直ぐホテルで。しかも義務感みたいな、そんな態度だし」
「ああ、そりゃ……」
 何か思い当たったらしくて言葉を濁している。
 先ほどの回答に気まずさを覚えていた私は、今回の手ごたえに勝機を見出した。
 この方向で行こう。
「昔は若かったというか――いや、そういう話じゃないね。まぁ体力が落ちてるのも本当だけど、そうじゃなくって。もっと、熱があったというか……今は冷めてるような気がする。ただ、やっときゃいいだろう、恋人だろう、っていう感じ。終わったら直ぐベランダ行くし、寝る時だって背中合わせだし、いやもう、適当に義務感な態度。それがずっと、もう1年以上も続いてたら、これはもう好きとかの感情じゃなくて、単なる惰性で続いてると考えても仕方ない」
 これは言い逃れできないと思う。
 ――ん? 言い逃れってなんだ。浮気みたい。そうじゃなくて、私に対する態度の話だ。

「最近は昔みたいに構われなくなって、セックスもおざなりな感じがするから、大して好きじゃなくなったんだと。そう誤解されたわけだ」
「なんだか言い方に語弊がある気がする」

 私は眉を寄せた。
 本当に、そんな言い方だと誤解を招く。
 私は構って欲しくて言ったわけじゃない。事実だけを述べたはずなのに悪意を感じる。それに、行為がおざなりな感じって、私が不満を抱いてるように聞こえる。そうじゃない。そうではなくて、私が言いたかったのは、誠也がそういう態度だったから愛情じゃなく惰性だと思った、ということを伝えたかったはずだ。なんかおかしいな。

 どうすれば誤解を覆せるのか。
 落ち着かなくて視線を彷徨わせる。
 誠也を窺うように見上げると、声を出さずにおかしそうに笑っている。
 私は冷汗を流した。

 調子に乗せたような気がして凄く嫌な予感がする。
「私は! 事実だけ! 不満とか、何かして欲しいとか、そうじゃなくて! ただ!」

 ああ、ダメかもしれない。誠也からは嬉しそうな気配しか感じない。私の言いたいことは絶対に伝わっていない。本当、言葉って難しい。もっと淡々と、感情を排除し、事実だけを伝える言葉がなかったものか。

 徐々に顔が赤くなっていくのが分かる。体はもうとっくに熱い。
 これ以上はもう恥ずかしすぎて無理だ。逃げたい。とりあえず誠也が私を好きじゃなくなったとか、そういうことはもういい。面倒くさい。やっぱり別れよう。ひとまず今は逃げよう。

 誠也から離れるためベッドを降りようとしたが、左手が離れない。
 腕が不自然な方向に曲がりそうだ。
 誠也は私の体を引き戻すと、そのままクルリと寝台の奥に横倒しにされた。

「お前の話は善処する。電話とか休みの待ち合わせ云々は、お前の体力的に、俺に合わせるより今まで通りの方がお互いのためだから、それは今まで通りで構わないか」
「え? うん」
 休みになるたび連れまわされるのは本当に無理だ。疲れる。
 誠也は左手を壁につき、右手を私の体の脇に置いて、見下ろしてきた。
「ただ、お前が言ってたことにも一理ある」
「え?」
「疲れて何もできない日も、とりあえず一緒の空間にいれば気遣える。だから、結婚はとても理に適っている。どこかに遊びにいく約束なんてしなくても毎日会える。疲れてて相手できなくても、寝ててもいい。起きて化粧して、周りに気を遣って。そんなのしなくてもいい。ただ、俺が毎日お前の居住スペースにいるだけだ。同棲だと噂が面倒くさくなるかもしれないから、だから結婚がいい。どうだ」
「ああ……」
 実は付き合ってきた長年の間に同棲の話は何度か出て来た。そのたび、私が熟考して拒否してきたのだ。誠也は大学時代にもライバルが多かったから、同棲の噂が流れれば嫌がらせという厄介ごとが出て来そうで、見送っていた。疲れているときに下手な嫌がらせされて、平常心でいられる自信がなかった。
 だけど結婚なら確かに都合がいい。
 なるほど。誠也はそんなところまで考えてくれていたのか。
「あとは……セックス? これには理由がある」
「はぁ?」

 ベッドの奥で仰向けにされた私に誠也の顔が近づいてきた。
 先ほど逃げようとしたとき掛布団を剥いでしまったから、胸が丸見えだ。まぁ今更の話だけど。
「確かにデートよりもそっち優先にしてきた感はある。ただこれは、デートが面倒くさいとかじゃなく、体力の配分の問題だ」
「は……?」
 体目的かこいつ。
 胡乱な声が出てしまったが、違う、と頭の中で自分ではない自分が否定した。
 誠也の目がなんだかキラキラしている。少しだけ昔を思い出した。好きになって、一緒にいるだけで幸せだった頃。
「お互いに1週間は最低でも会えないのがデフォルトだろ。その間ずっとお前を我慢してるわけだから、そこは譲れない。これからもデートの体力配分より、抱く方の配分を優先する」
 私は無言で睨みつけた。なんか、むかついた。

「おざなりとか、背中合わせとか、ベランダとか? なんか色々あった気がするが、問題は全部お前だ」
「私?」

 思ってもみなかったことを言われて目を見開いた。
 誠也の指が私を指す。

「若かった、覚えたての俺らだったらまだしも、今の俺があれぐらいの勢いのままお前を抱いたら、お前次の日、足腰立たなくなるぞ。どれだけお前を抱いてきてると思ってる。お前のいいところは全部知ってる。そういうの全部つぎ込んで、蕩けさせて、しかもあの頃の勢いのままとか、お前、死ぬぞ」
 私は黙り込んだ。あまりのバカバカさ加減に。この男の恥じらいのなさ加減に。そして私の、ちょっとだけ、今まで空しさを感じてた時間を返せという虚無感に。
 ふ、っと、目の前の顔が優しく笑った。不覚にも胸がときめく。
「やってみるか?」
 じぅ、と鎖骨を吸われて熱い吐息が吹きかかる。
 おかしい、承諾を求める言葉だったと思ったが、私からの許可を得ないまま誠也は勝手に触っていく。胸の頂を唇に含まれ、固く尖らせた舌が強く舐めてきて、私は声ならぬ悲鳴を飲み込む。
 体があっという間に熱くなる。
 脇腹をくすぐるように撫でられると腰が跳ねた。
 苦しい。簡単に膝を割られて誠也の体が滑り込んでくる。体重をかけられて、動けなくなる。腰を抱かれて、誠也の胸に抱きこまれる。
「今日は果てても離さない。ベッドから出ないから」
 耳元に低く熱い声が吹き込まれる。
「明日は休みだろ。身の回りのことは全部俺がやる」
 太ももから滑った指が体の中心を撫でまわす。今日はもう高みに追いやられ、シャワーも浴びてなかったので、残滓が指の滑りを良くしているようだ。呼吸が浅く、早くなり、あっという間に弾ける。
 誠也の胸に腕を突っ張って体を反り返らせた。囁くような笑い声が癪に障る。生理的な涙が目尻に滲む。
「お前が腕の中にいると、どんだけ貪っても足りなくなる。だから意識して離れてたところはある。だけど、それが不満で愛情を疑われるなら仕方ないよな」
「不満じゃ……っ」
「ん? 可愛い」
 ちゅっ、とリップ音を立てて脇腹にキスが落とされる。背中に回された腕一本で易々と私の体は制御されてしまう。脇腹は私の弱点だ。集中的にキスされ、身動き取れないよう押さえ込んで中心を指が抜き差しする。浅いところでぐるりと指を回されて嬌声が出る。
 足りない、と思ってしまう。
「ダメダメ、まだまだ。ああ、今日はいい日だ」
 鼻歌でも歌い出しそうな誠也を恨めしく睨む。こちらはあっという間に蕩けさせられているのに。
 今回のことは確かに私が悪いという自覚もあって、歯噛みする。
「あ、あっ」
 ぐじゅぐじゅと音がする。それとは別のところに唇がキスを落とし続け、胸や脇腹、腹など、体格差により、自由に私の体は弄ばれる。
「ずっとセーブしてたから……」
 ぞくぞくと腰を快感がせりあがる。小さく何度か達した。
 指の滑りが良くなり、ぐっと奥まで差し込まれる。目の前がチカチカと白くなった。
 中に入って性急に求めていた指が、今度はゆっくりと確かめるようになぞる。
 これはダメだ、知ってる。さっきみたいに性急さに翻弄されている方がまだいい。私は縋るように誠也を見るが、もちろん彼は分かっていながら分かっていないように微笑むだけ。
「んぁ、ああぁ、あ、あ……」
 焦らされて腰が揺れる。誠也の腕に縋るが、手が震えてしまう。指はぐっと強く折り込まれ、壁を強く擦る。小刻みに震わせられるともう耐えられない。
「んっ! っ!! や!」
 先ほどまでよりも強く達した。
 呼吸できなくなり、ぐったりと力が抜ける。ふわふわとどこかに浮かんでいる気がする。
「ああ……可愛い」
 うっとりとするような声に力なく視線を向けると、誠也が私を見ている。その瞳には激情が宿っている気がする。舌なめずりでもしそうだ。私の中心が彼の指をぎゅっと締め付けたのが分かり、私は思わず視線を逸らす。
 指の腹が花芯を擦った。私は再び背中を震わせて達する。
 もう、本当に、体力が持たない。
「も、う……」
 そう懇願するのだが、誠也は頷かない。けれど、指の代わりに自分を宛がって、ゆっくりと進んでくる。くつろげるように行きつ戻りつされると堪らない。
 私は力を入れて何度も耐えようとするが、誠也の方が力が上だ。苦し気な様子だが、快感に吐息を震わせて、静かに抜き差しする。
 いつもより強く誠也のものを感じる。どんな形のものが自分の中に入っているのか、分かってしまう。
 誠也は「ふー」と大きく息を吐いた。ほんの少しの休憩だ。
「分かる? これ」
 右手で腹を押された。腹の裏側にある存在が擦れ、私は震えた。感覚が鋭くなりすぎてやばい。こくこくと頷くことしかできない私だが、誠也は満足そうだ。むき出しになっている花芯に空いている手で触れた。
「や、や!」
 親指と人差し指で摘まもうとしているらしいがツルリと逃げる。
「やああ!」
 一瞬で高みに昇らされた私は声を我慢できない。
 感じすぎて蜜が大量に溢れたそこは、たやすく男の手に収まらない。何度も擦られて、その感覚にまた追い詰められる。敷布を両手で力いっぱいつかみ、両足を震わせて達する。
 それでも誠也はその遊びをやめない。
「ひっ」
 激しくのたうち回ろうとしても許されない。
「ダメ! あ、ああ!」
 一心につかもうとしてつかめず逃がすのを繰り返す。
 私は泣きながらかぶりを振った。
「あ、んぁ、あ!…………あっ、あっ、あっ」
 達し、また呼吸を止めて、高みに昇らされ。
「あっ、あ! あ!」
 自分から腰をゆすってしまう。早く、早くと体を震わせる。
 ぬるぬると逃げる花芯とまだ鬼ごっこを続けている。太ももでがっちり拘束できるのは手だけで、指までは制限できない。止められない。
「もうやだ! やだ! やあ!」
 感覚が鋭敏になり過ぎて、何がなんだか分からない。必死に逃げようとかぶりを振るが、もちろん無理だ。体をゆすっても、誠也の左腕一本が腰に絡み、太ももに引き上げられているから、そう簡単には下りられない。
「もっとはしたなく……いっていいよ。何度でも」
 そんな柔らかな声に背中を押され、こぷ、と蜜が零れ、私の体が音もなく跳ねる。何度も、止まらない。自分で制御できない感覚が怖い。
「あああんっ」
「は、すごい、締め付け」
 途中、ぎゅっと抱きしめられた気がするが、分からない。私の耳には何も聞こえない。ふっ、と。目の前が暗くなっていくのが分かった。

 とても静かな世界に私はいた。
 ふっと目を覚ましたのは、頭を撫でる誰かの手があったから。
 温かさを心地よく感じながら目をあけ、んん、と微睡んだところで違和感に気付く。ドコドコと、床から音がする。何の音だろう。手を滑らせて確かめようとしたところ、その手を取られた。
「足りなかったようだな」
「え、きゃ」
 いきなり床が起き上がった。
 取られた手を持ち上げられたまま上半身を起こそうとしたが、バランスを崩して隣に転がる。幸いにもそこはベッドだったようで、痛みはない。ただ、状況が分からない。
 隣で起き上がった影は誠也だった。そのまま身を屈めて口付けてくる。
 呼吸の合間におぼろげながら記憶を取り戻していく。
 馬鹿な勘違いでずっと一線を引いていたこと、プロポーズされたけど馬鹿な勘違いのお陰でこいつが異常者かってくらい私に執着するようになったこと、激しい行為の途中で体力の限界を迎えて眠ってしまったこと。

 私の顔から血の気が音を立てて引いていく。
 両腕をつかまれ、柔らかいキスを何度も繰り返され、次第に深くなっていく口付けに焦りが浮かぶ。体全身が痛い。動けない。少しでも動かそうとすると筋がピキピキと強張る。
 これ以上とか、私、死んじゃわない?
「わ、わわ、待って! これ以上は無理だから!」
 思ってたより声は出せた。必死に叫ぶと少しだけ離してくれる。けれど、その笑顔は私の希望を叶えてくれるものではなかったらしい。
「俺も、これ以上はもう待てない」
 何を言っているのだこいつは、と私は睨んだ。疑問符が頭の中を埋め尽くす。
 私が動けないのをいいことに、再び私に近づいてきて、キスを落とす。
 そのとき私は気づいてしまった。腰のあたりに、とても熱い何か、固いものが当たる。太ももに時折擦られ、目の前の誠也は恍惚とした表情で、まだその行為を続けている。
「ああああ!」
 私の大声に、さすがに驚いたように彼の行動が止まる。が、私はそれどころじゃない。勝手に終わった気になっていた。なっていた。けれど。
「俺はまだ終わってないんだよ」
 そんな、熱を含んだ声が肌を滑る。ぞくりと鳥肌が立つほど色気を含んだ声だ。
 てっきり行為が終わった次の日の朝だと思っていたが、違うらしい。時計を見た。きっと、私が気をやってから30分も経っていない。こいつはまだまだ臨戦態勢だ。ちくしょう、なぜもっと気を失っていなかったのだ、私。
「まだ濡れてる」
 そんなことを言いながら誠也の指が私の秘裂をなぞる。快感を体が思い出してしまって小さく震える。助けを求めるように誠也を見たら、獰猛な目で見返された。
 こいつは私を助ける気なんかゼロだ!
 はくはくと唇を動かすが、声が出てこない。気を失う前の、強烈な快感を覚えている。何度も何度も、強制的に高みに押し上げられて、まったく帰ってこれなかった。良く今まであんな淡白な行為で済ませてこれたものだ。
 ああ、だから私がこいつの情熱を勘違いしてしまったのか。ちくしょう、なぜもっと穏和な方法に導いてやれなかったのだ、私!
 なんだか次第にコメディ染みて来た自分の脳内が嫌になる。
「ほんと、たまんない」
 ゆっくりと、ものが私の中に沈もうとする。
 わずかに眇められた目が苦しそうで、私は誠也の顔に手を伸ばそうとした。それを抵抗の意味にとらえたのか、すかさず手首を取られてしまう。額に汗を浮かべながら愛しそうに手首に口付けられ、私は目が点になった。何なのだ今までとの落差は。これでは本当、私に対する執着がないなどと、疑いようがない。
「うん……」
 まだ敏感な中をゆっくりと擦られて、微かに喘ぐ。空気が欲しい。
「へ、返事」
 気だるげな雰囲気で誠也が私を見る。少しでも止まって欲しくて口走った言葉は正解だったらしい。ほんの少し、休憩ができる。
「返事が、まだ」
 私は左手の薬指を示そうとした。ああ、体が重たい。腕が重たい。自分の意思では全然動けない。
 そういえば結婚指輪をはめた覚えも外した覚えもない。
 あれからどうなったのか覚えていない。
 ただ、今の自分の薬指にはまっていないことだけは確かだ。
「ああ」
 瞳を瞬かせた私にニッコリと微笑んで、私の指ごと大きな手で包み込んできた。

 え、どういうこと?
「いいよ」
 いやいやいや「いいよ」の意味が分からないんですけど?
 背中に腕を回されて、既に私の中に入っていた誠也が、俄然勢いを増してグッと奥へ入り込んできた。
「ぅうん!」
 抱き寄せられて、密着する。微かな振動でも辛い。ぞくぞくと疼きが駆けあがる。
「お前にはYESしかないし、指輪は俺が満足したら、また嵌めるから」
「は」
「サイズが少し大きくて、飛んでいきそうだったから」
 私は思わず目を丸くした。
「あああっ」
 背中に回った誠也の腕が力強く私を引き上げる。座る誠也にのしかかり、自分の体重のまま深く埋め込まれる。すべての感覚が吹っ飛んだ。
 至近距離で笑った誠也は私の頭をギュッと抱きしめてくる。
 力なんて入らない。彼の胸に顔をうずめながらクラクラする。トン、トン、と下から突き上げる律動が始まり、私は喘ぐ。
「あ」
 少しの隙間もないぐらい密着し、引き寄せられて、擦られる。
 ぐじゅりと溶ける。
「あ、あ」
 私は中も外も、くまなく全身を愛撫され、もう逃げる選択肢などないと悟る。降伏だ。全面降伏で白旗を上げよう。
「ふぅぅ……っっ」
 誠也に縋りつき、体の中を抉られる感覚に声を押し殺し。
 静かな律動に翻弄されるまま、腕の中で果てた。

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